寡欲都市 ――TOKYO 普段はあんまりタイトル買いというのをしない俺が、久しぶりにタイトル買いをしました。かっこよくないですか? マルノウチスゴイタカイビルとかありそう。
ちょっとSF寄りの本なのかなと思ったら、全く違いました。これは若い人の価値観の変容とそれに伴う東京という都市の魅力を再考する本でした。
著者の原田曜平さんは若者の消費動向について詳しい元博報堂のリサーチャー。ググったらワタナベエンターテインメントに所属してました。見た目も芸人さんみたい。
なんでも「さとり世代」とか「マイルドヤンキー」とか言った言葉を考案したお方なのだとか。最近よく見かける「チルい」という言葉を広めたのもこの人っぽいですね。超チルいですね(←わかってない)
この本の内容を要約するとするならば、こんな感じです。
「若者の価値観はすでに上昇志向から現状維持志向にシフトしている。これは先進国の若者共通にみられる現象である。そのことを踏まえると、東京という都市はニューヨークや香港などの一流の都市と比べれば見劣りするものの、居心地の良さや住みやすさの面で若者にとっては魅力的な都市であるはずだ。少子高齢化が避けられない日本においては人口減少を受け入れて経済規模を縮小していくか移民を受け入れて経済活性を行うかのどちらかの選択肢を取らなければならないが、”ちょうどいい街”として東京をアピールすることによって東京に海外からの移民を流入させ、日本の現状を維持していくことを私は提案する」
我ながらコンパクトにまとまったな、と思います。この文書読んでもらえれば、本の内容は大体網羅できてます(過信)。読みやすい本なので、中身が気になった人は読んでください。
この本では、東京をコスパのいい街として紹介しています。治安がいいし、物価もアメリカや中国の大都市に比べれば高くない。おいしいものたくさん、土地も安い。おまけに娯楽もそろってる。みんなおいでよ、TOKYOの街。
東京圏に住んでいる一市民としては、聞いていて悪い気はしない話です。日本ではひどいデフレが起きている、平均賃金が下がっていると悪いニュースばかり耳にする最近ですが、確かに生活実感としてそこまで貧困が身に迫っている感じはしないです。探そうと思えば安いものがいっぱいありますからね。
若者が上昇志向をなくし、「それなり」を求めているというのも頷けます。若者の消費傾向が専門の方ですから、そこらへんは詳しく解説されています。サステナビリティという言葉が流行ったり、中国で寝そべり族なんかが現れたりしているのもその影響だと考えられます。ベーシックインカムもその価値観の延長線上にあるのかもしれません。
自分を若者というのは少し憚られますが、実際自分もそんな感じです。バリバリ働いて管理職につくとか全然面白くなさそうです。週休二日、定時退社、ストレスフリーな職場万歳人間です。
このような社会の価値観の変化を原田さんは「成熟社会化」という概念で説明しています。
「成熟社会」とは、イギリスの物理学者ガボールが1972年に著した『成熟社会』から転用された言葉です。その定義を意訳すると「量的な拡大を目的とした経済成長や大量消費を主眼とせず、精神的な豊かさや生活面での質の向上を最優先させるような平和で自由な社会」。これは「居心地最優先」の、今の日本やアメリカや中国の若者の志向と酷似してはいないでしょうか。
成熟社会化は経済成長のステージが終わった国で進行すると言われています。同様に〝居心地の良さ〟を求める若者も、経済成長が和らいだ国から順番に増えていっているのではないか。私はそれに気づきました。
そのような価値観の若者にとっては夢と欲望渦巻くロサンゼルスや香港のような街は"居心地が悪い"のだと言います。賃金の高さと引き換えに、激しい競争社会の中に放り込まれてしまうのですから。
そうとなれば、地方に人が移住しそうなものですが、若者はそうはしないと原田さんは言います。地方は人がいなさすぎ、かつコミュニティが閉鎖的過ぎて若者にとって”居場所がない”。結局、それなりににぎわってる場所に落ち着くのだと結論付けています。
そんな街が……
ゆえにTOKYOの魅力を適切に発信することができれば、海外からどんどん住みたいと思う若者がやってきて、TOKYOはもっと進化していくのだぁぁ!
……若者の価値観が変わっていっていること、東京が割と住みやすい街だという2点に関しては俺は賛同しますが、最後の移民についての部分についてはちょっと首をかしげます。確かに東京は日本の若者にとっては住みやすい街かもしれませんが、海外の若者にとって住みやすい街でしょうか?
確たる資料がないので、推測でしかないのですが、日本に来た移民がまず直面するのは日本人の排他的な集団意識でしょう。アジアからの移民は特に。
彼らに与えられる仕事がコンビニのレジであったり、飲食店のウェイターであったりすることからそれがうかがえます。アメリカやカナダなどの移民大国とは異なり、日本は外国から来た人を社会の中枢に入れようとはしません。「お客様は大歓迎、でもあなたは入れるのはここまで」というのが移民の受け入れに対する人々の意識なのではないでしょうか。そんな社会が"居心地のいい社会"だと感じられるとは考えにくいです。いくら暮らしやすくても誰だって玄関先で暮らしたいとは思いません。
もちろん、著者にもその意識がないわけではなく、その点を課題だとしつつも、今の若者は昔の人に比べ寛大だから大丈夫、と主張していますが、明確な根拠があるというわけではなさそうです。
東京の魅力を紹介する前半、若者の価値観の変容を説明する中盤に続いて、後半には移民に関する話題がちらほら登場しますが、ここは唐突……というよりなんとなくポジショントーク的な意味合いが強くなっていると思います。特に、「安い労働力として移民を受け入れろ」と記述している点に関しては今までの主張をひっくり返しているようにさえ感じられます。
東京のコンビニやファストフード店、ファミレス、ファストファッションチェーンなどでの外国人店員の多さは、見ての通り。彼らが安価な賃金で労働力を提供してくれるからこそ、あの品質であの低価格が実現できている。そのことを我々はもっと認識すべきです。
魅力的な東京はどこに行ったのでしょうか。魅力的な街だと喧伝しておいて、やってきた人々を低賃金で働かせるという発想はともすれば、詐欺行為です。
もちろん原田さんも意図的に搾取しようとして言っているのではないとは思います。現状、移民が就いている職業というのは社会のルールを決めるような中核的な職業ではなく、社会を支える周縁的な職業です。だからこそ、日本に移民がやってきて起業したり法律を変えたりという姿をリアルに表現できなかったのではないでしょうか。
現状だと、欧米諸国のように移民を受け入れて経済規模を維持するというより、原田さんが「美しい縮小」と呼ぶ経済縮小の未来の方が無難な選択肢なんじゃないかと俺は思います。「ほどほどを受け入れよう」という若者の価値観にも合致してます。
「移民を適切に受け入れた日本」というのは非常に夢があって、ものすごく面白そうなビジョンです。だけど、今の段階だとまだまだ「SFチック」ですね。