
宇都宮直子さん著『渇愛 ~頂き女子りりちゃん~』を読みました。2023年に逮捕されて、弱男界隈を戦々恐々とさせた「頂き女子りりちゃん」こと渡辺真衣さんについて著者が調査した内容が書かれたノンフィクションです。渡辺真衣さんは2025年1月に最高裁判所への上告が棄却されたことにより、控訴審の判決、懲役8年6月、罰金800万円が確定し、現在服役中とされています
著者の宇都宮直子さんは『ホス狂い ~歌舞伎町ネバーランドで女たちは今日も踊る~』という本も著しておりホストやそれにのめり込む女性に関してはもともと関心があったようです。逮捕される前から歌舞伎町のインフルエンサーとしての「頂き女子りりちゃん」の存在は把握していたようで、逮捕が発覚してからりりちゃんに会いに行くまでの記述は「取材対象」に会いにいくというよりまるで推し活をしているかのような記述になっています。要するに最初から「りりちゃん」に取り込まれている人物の視点で調査が進んでいきます
「事件を知りたい」というよりも「りりちゃんのことを知りたい」のが著者のモチベーションであるがゆえに、作中の記述には終始危うさが伴います。歌舞伎町界隈に詳しい人から見たらまた別なのかもしれませんが、客観的にはりりちゃんは「詐欺罪」の嫌疑をかけられた「犯罪者に限りなく近い存在」ですからね(実際、起訴事実に関する争いはなく、刑が確定しました)。
自分は以下の記事で書いたようにその存在を知ったときから「りりちゃん」に対する好感度はゼロを下回っているので、このような著者の姿勢にはほぼ同意できませんでした。詐欺師の語る身の上話を信用するなんて正気の沙汰ではありません
「第三章 魔法のマニュアルを取り巻く人々」で被害者に対するインタビューを行うところから本の記述の様子は変わっていきます。ここらへんは「構成の妙」だと思うのですが、著者が渡辺真衣さんと一体化しているからこそ、被害者の涙の訴えの記述が心に来ます。当然ながら、渡辺真衣さんが実行した詐欺には被害者がいます。彼女の嘘で人生設計を壊された被害者がいるのです。本書で紹介されている被害者が詐取されたお金の総額は3800万円。「ホストに貢ぐ」という下らない浪費を繰り返していた渡辺真衣さんにとっては端金かもしれませんが、一般庶民からすれば十年、二十年単位で貯金をしなければ貯められない大金です。渡辺真衣さんは被害者に対して「私は彼らに希望を与えてあげたのにどうして文句言われるの?」のようなスタンスを取っていますが、他人の痛みを理解できないことに恐怖を覚えます
一応、言っておくと3800万円の被害を受けた男性と渡辺真衣さんは体の関係を持ったことが明らかになっています。この点に着目して「若い女といい思いしたんだから対価を受け取っただろ!」と男性を非難する向きもあるようですが全く的はずれだと思います。今回、渡辺真衣さんが判決を下されたのは詐欺(及び脱税)であり、虚偽の内容で他人からお金をだまし取ったことに問題があるのです。「3800万円で私の体を買ってください」という話で同意していたのなら男性に対する非難は正当だと思います。しかし、渡辺真衣さんが男性にお金を要求した理由は「架空の示談金」や「架空の借金の肩代わり」なのですから、性行為の有無で取引の公平性を主張するのは単なるごまかしでしょう。渡辺真衣さんと男性の間では結婚の話もあがっていたそうですから、肉体関係を持つのは不自然なこととは言い難く、渡辺真衣さんは「男性と結婚するつもり」「愛しているから借りたお金は絶対に返す」という自分の嘘を補強するためにセックスを使ったことはほぼ明らかです。渡辺真衣さんにとっての性行為は「ちょっといい思いさせて勘違いさせたあとに嘘をついて大金を引き出す」という詐欺のメソッドの「ちょっといい思い」の中身に過ぎないのです
その後、4章5章と著者がりりちゃんの母親や周辺人物にインタビューするにつれて渡辺真衣さんが語る「りりちゃん像」と周囲から見た「渡辺真衣さん像」の乖離が明らかになっていきます。渡辺真衣さんのことを評価するには「りりちゃん」が自分について語っていることがどれくらい本当かどうかを加味する必要があると思うのですが、自分の評価としては彼女の生い立ちにそこまで壮絶な部分はありません。「平凡な家庭で育った人が、ある日注目を浴びたことをきっかけに、自分を偽りながら周囲の期待に応えるだけの空っぽな人間になっていく」。これが自分が本を読んで感じた渡辺真衣さんの姿です。渡辺真衣さんは「母親が不倫していた」、「父親が虐待していた」と主張しているようですが、著者が途中で気づいているようにその生い立ちは「りりちゃんのマニュアル」に記載されている男性を騙すときに使う「設定」と酷似しています
渡辺真衣さんが壮絶な生い立ちだからマニュアルにそのような記述があるのか、マニュアルにそのような記述を書いたから自分の生い立ちを上書きしたのかは判断分かれるところです。自分は後者だと考えます。彼女は、他人から注目を浴びるため、あるいは自分の加害性を隠すために、「可愛そうな設定」に自分の人生を塗り替えたのです
「ホス狂」を自称していた渡辺真衣さんですが、本書での著者とのやり取りを見る限り、ホストに関する執着もあまり見られません。なんとなくですが、「ホス狂」というのも彼女が編み出した「設定」の一つなんじゃないでしょうか。もちろん、彼女がホストに貢いでいたのは客観的な事実です。ですが、ホストに貢いでいた理由は「愛されたいから」なんていう素朴な理由ではなく、「そういうキャラのほうが歌舞伎町だとウケるから」なんだと思います。彼女が欲しかったのは「注目」と「口実」の二つです
「ホス狂キャラ」を演じることで周囲からの注目を得られます。渡辺真衣さんにとってはホストそのものよりも「ホストに狂う」という設定のほうが魅力的なんだと思います。とにかくホストに金を貢げば「被害者」でありながら、「狂ってる」と歌舞伎町界隈の歪な称賛を得られる事ができる。「有名になりたいから」とか「周囲を見下したいから」などの理由が前面に出ていない分、キャラ設定としていやらしくないのです
もう一つホストの役割として重要なのは、ホストは「金を貢がせる」という役割を持った人物なので、「いけないことをしてもこれはホストに貢ぐお金を得るためなのだ」と口実を作れる点。渡辺真衣さんはホストにお金を貢ぎたかったというよりも「自分よりも弱い人を虐める」ことがしたかったのだと思います。渡辺真衣さんはマニュアルのアフターケアの一環としてクローズドなコミュニティをDiscordで作成して、「おぢ」から金を巻き上げる場所を作っていたという記述がありますが、ホストに金を貢がせるためだったら自分一人お金を稼げばいいわけで、「本当にお金がほしいだけだったのかな」とちぐはぐな印象を受けました
「おぢ」を晒したり、他人に危害を加えることを目標に励まし合ったりするコミュニティの中の様子は(なぜか本書では肯定的に書かれていますが)インターネットのいじめコミュニティを彷彿とさせます。変な人を見つけて、馬鹿にしたりちょっかいをかけたりして、反応を楽しむあれです
真衣さんは男性からされた「嫌なこと」を自分より弱い男性にやり返すことで昏い喜びにふけっていたのだと思います。ただし、単純に男性をいじめているだけだと「悪者」になってしまうので、「ホストに貢ぐお金を工面するために仕方なく……」という口実を作ることで何の罪悪感も抱かずに立場が弱い人をいじめることができました
「金を貢ぐよう命令してくるホスト」や「壮絶な生い立ち」は彼女自身に存在する攻撃性を隠すための隠れ蓑として驚くほどうまく機能しました。何かあったら、悪いのは「親のせい」「ホストのせい」「悪い大人たちのせい」。でも、本当に悪いのは渡辺真衣さん自身なのですからそこを認めなければ更生するにも話は何も前に進みません
自分は本書を一気読みしました。「示唆に富む」「意外性があった」というより終始自己中心的な様子の渡辺真衣さんの様子に困惑と怒りを覚えた一冊でした。懲役8年6月の判決は重すぎず、軽すぎず、妥当な判決だと思います
最後に渡辺真衣さんの自己中心的な価値観がわかる象徴的な部分を引用して終わります
渡辺真衣被告は涙声でこう続ける。
「被害者に、お金は払いたくない。『詐欺』という日本の法律を犯したことは悪いと思っているけど、被害者の人たちだって私に嫌なことをした……。
私は与えてあげることをした。自分の生活がずっとずっと嫌だった。体を売ること、性を売ることが嫌だった。それを被害者にもして、お金をもらうことで”やり遂げた”と思った」
――つまり、自分にも、被害者の方と同等かそれ以上の痛みがあり、それは被害者たちから受けたものだということ?
「”そういうこと”をしないで、生きていたかった。被害者のせいで、自分の人生のせいで、全部嫌だった。私は、誰かに救ってほしかった。
私は、ずっと自分の人生、お金を奪うのも嫌だったし、詐欺をするのも嫌だった……でも、本当にそういう生き方しかなかった」
――じゃあ、被害者があなたを「救って」いたら、あなたと新たな生活を始める道もあったということですか
「人生、こういう生き方しかできなかった。とにかく止めてほしかった。被害者と私に、もし別の道というものがあったのだとしたら、とにかく私にお金を『渡さないこと』だった。私に渡さなければ、私はホストクラブに行けなかった。行けない状況になりたかった
自分からお金を渡さないでほしかった。被害者である、みんなに対してそう思う」
まず、渡辺真衣さんは自分からお金を要求したのであって、被害者は勝手にお金を渡したのではありません。それに、被害者はホストクラブに行かせるためにお金を渡したのではないです。被害者は渡辺真衣さんに嫌なことをしたのではなく、嫌なことをされたのです。救われたいと呟く彼女ですが、彼女を救おうと頑張った「おぢ」は確実にいました。関係性の浅い女性に何千万もの資金を供与してくれたのです。被害者たちの善意を平然と踏みにじっておきながら、恥ずかしげもなく「救われたい」と犯行時と同じような言動を繰り返すその様は厚顔無恥そのものです。詐欺に問われた後の彼女の「救われたい」という言葉を額面通りに受け取る無垢な人はどれだけいるでしょうか? 彼女は救われたいのではなく、単にいい思いをしたいだけです
責任を他人に転嫁し続け、自分が追求されると曖昧な物言いと感傷的な言葉で物事をぼやけさせる。これが渡辺真衣さんが繰り返し続けた責任逃れの実態です。被害者に向き合わない彼女の姿勢に純粋に怒りを覚えます
