『ドント・ルック・アップ』はセクシーな映画だった 感想

『ドント・ルック・アップ』を見ました。彗星が地球に衝突そうなのに政治やら経済やらのしがらみのせいでなかなかうまくいかないというブラックコメディー。

ただ単に笑えるだけではなく、客観的事実が受け入れられない現代の寓話ともなっていて含蓄のある内容となっています。

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主演のランドール・ミンディ博士を務めるのはレオナルド・ディカプリオ氏。口下手なさえない教授という役回りですが、彗星問題でメディアに出演した際、視聴者から「セクシーな教授」と評され、以降その評判に振り回される展開が続きます。ミンディという名前、チャーミングで素敵です。

「ドント・ルック・アップ」

本作の面白さは「なかなか伝わらない」というもどかしさにあると思います。彗星が地球に衝突するのは科学的事実であり早急に対処しなければいけないのにもかかわらず、「それぞれの事情」のせいでなかなかことが前に進まない。中間選挙のことを気にする大統領や、芸能人の不倫問題に夢中な大衆、お金のことしか頭にない大企業などなど。

この手のパニック映画では人類が一丸となって危機の解決を図るというのがお決まりでしたが、本作品では真逆。一丸となるどころか彗星が存在するかどうかまで意見が割れてしまいます。タイトルの「ドント・ルック・アップ」はそんな彗星反対派が掲げるスローガンです。「見上げるな=彗星問題なんて気にするな」ぐらいの意味でしょうか。"look up"には調べ上げるという意味もあり、「ドント・ルック・アップ」は根拠のない説を妄信する彗星反対派の「何にも調べようともしない」姿勢をも表すダブルミーニングとなっています。

お気に入りのシーンはミンディ博士と彗星の発見者であるケイト・ディビアンスキーのメディア初出演シーン。

番組の進行役は彗星の話より番組を盛り上げることしか頭になく、関係ない質問や自虐的なジョークで話を脱線させたがります。口下手なミンディ博士は内容をうまく伝えられずにまごまごするばかり。そんな状態に焦りを覚えたケイトは声を荒げて事態の深刻さを語る……のですが、結果として伝わったのは、「ニュースにヒステリックな女が出た」ことと「隣にいた教授がセクシーだった」というどうでもいい情報。彗星衝突は話題にすらされません。

情報の中身よりも情報の発信者のほうに注目がいってしまうという現象は日本でもよくある光景です。というか自分もやりがちなことなので、反面教師として見習いたいと感心してしまいました。

恥ずかしながら、この映画を見てこの映画に関する感想を調べているときにはじめて「彗星問題」が「環境問題」の例えだと知りました。地球に迫っている彗星に対する人々の反応や政府の対応は環境問題に対するそれらを模したものだったのです。

出演者のレオナルド・ディカプリオ氏がそう語っていますし、監督のアダム・マッケイ氏も着想が環境問題にあったとインタビューで答えているので間違いないです。

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それを聞いて振り返ってみると、シーンとシーンの合間に動物の映像が流れたりなど環境問題を示唆するような映像が結構あったことに気づきます。

「環境問題」にほとんどの人が興味がないのはアメリカも日本も同じようですね。かくいう自分も「環境問題」と聞くと、「南極の氷が溶けていたり、おさかながビニール袋食べちゃうあれでしょ」という認識しかありません。環境問題に対して熱心な人から見てみれば俺は劇中の「ドンド・ルック・アップ」な人々と同じような存在に見えるでしょう。

なんで環境問題って軽視されがちなのでしょうか? 考えてみると、ある人物の言葉が浮かびます。

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気候変動のような大きな問題は楽しく、クールで、セクシーに取り組むべきだ

2019年の国連気候行動サミットにおける当時の環境大臣であった小泉進次郎さんの発言です。気候変動問題はあんまり注目を浴びていないという事実をもとに、もっと興味を持ってもらうよう働きかけることが重要だと伝えたかったのでしょう。具体性はないですが、環境問題の現状をよくとらえている発言だと言えます。

国連気候行動サミットに関して、マスメディアが注目したのは「セクシー」という言葉が適切かどうかという点でした。報道しなければならないことは国連気候行動サミットで何が決められたかなのに、「セクシー」というどうでもいい発言を取り上げて「小泉大臣ってなんかおかしいよね」って話に持って行くような記事や反応が多かったと記憶しています。

これって『ドント・ルック・アップ』でミンディ博士とケイトがメディアに出演したときの人々の反応とかなり似ている気がします。環境問題なんて端から興味がない人々にとって、サミットでどんなことが問題とされているかは難しいことだし、知りたくなんかないわけです。興味があるのは小泉進次郎氏がどんな人物であるかというだけ。結果として小泉進次郎氏が「変な発言をするキャラ」を付与されて、このサミットの話題は終わってしまいました。

環境問題は地球に刻一刻と迫る重大な課題であるのに、誰も重要だと思ってくれない。現実がそうなっていることを確認してみると『ドント・ルック・アップ』の持つ笑ってはいられない一面に気が付きます。

残念ながら現状の環境問題はセクシーではないですが、この映画はそんな環境問題について取り扱っているのにかかわらず、とってもセクシーな仕上がりになっています。文句なしに面白い映画でした。