俺は経営者の「俺はこうやって上手くいったんだ!」タイプの自伝本というのを滅多に買いません。なぜかというと手前味噌だから。「俺によると、俺はこんなにすごい」というお話を延々と聞かされている気分になるのです。
……なのですが、買ってしまいました。巨額の赤字を抱えていたソニーを最高益を記録するまでに復活して見せた、ソニーの元社長の平井一夫氏の自著です。『ソニー再生 変革を成し遂げた「異端のリーダーシップ」』。タイトルはご自身でつけたんでしょうか。そう考えるとちょっと照れくさいですね。
なぜ買ったのかといえば、たまたま見たテレ東bizの動画で宣伝されていたから。
早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生がこの本についてお話しし、聞き手となっている豊島晋作キャスターが合いの手を入れるという形式で進んでいくのですが、内容そのものというよりスタジオの雰囲気が……いい! 賢い先輩とノリのいい後輩の会話を聞いている感じです。
編集で入るこんな感じの顔文字→(・Д・)も適当な感じでいいですね。ビジネス系の動画にありがちなお堅い雰囲気がなくてまったり見れます。
さて、動画で紹介された平井一夫氏による自伝本なんですが、内容のほどはいかほどなのでしょうか。個人的にはよくも悪くも読みやすい本だったなという感想です。
幼いころから海外と日本を行き来するような生活を行っていた平井さんは、集団の中で異質なものとして扱われることが多い存在でした。社会人になった平井さんは音楽が好きだったということもあり、就職先に現在のSME(Sony Music Entertainment)の前身にあたるCBS・ソニーを選びます。エレクトロニクスを主事業とするソニー本社からしてみればCBS・ソニーの人間は全くの傍系の人でした。
しかし、主流から外れた人間だからこそ、若いころから裁量の多い仕事を任せられることもありました。その最たるものが30代半ばでSCEA(Sony Computer Entertainment of America)の経営再建に携われたこと。この時に培った手腕がのちのソニー本体の再建事業の大きな礎になったと平井さんは振り返っています。
その後、SCEの社長時代にPlayStation3発売直後の損失の埋め合わせを行い、ソニー本体の一部門を任せられるようになり、ソニーが最もつらい時期に社長へとなった……というのが平井さんが体験した激動の会社員人生です。
物語としてみるなら、この本は間違いなく面白いです。CBS・ソニー時代の上司の丸井さんやPlayStationの開発者である久夛良木さんなど、平井さんの周辺を彩る人物は個性的な方ばかりです。また、アメリカと日本に精通している平井さんならではの両国の文化的な違いにかんする考察なんかも垣間見れて面白いです。
ただし、ありがたいことが書かれている本としてみるなら、あんまりおすすめはしません。平井さんの主な主張はものすごく簡単に言ってしまうと「部下から信頼を得る」ということ。平井さんはそれを実現するために、社員の意見を徹底的に聞くこと、社長だからといって特別待遇してもらわないこと、責任を取ること、などを実践していきます。重要なことであるのは間違いないものの、予想の範疇を超えないという意味では肩透かしを食らった感じです。
こういった当たり前のことをできる社長というのが意外と数少ないのかもしれません。特に責任を取るというのは社長の重要な仕事ですが往々にして避けたがる人が多い印象です。ただ、平井さんの主張はどちらかといえば一般論に近い話なので、自分の体験したエピソードをもとに「リーダーとはこうなのだ」という話に持っていこうとする部分はちょっと根拠が弱い気がします。
やはり、こういう自伝的な本は一つのおもしろ話として読むのが一番なんじゃないかと思います。その点ではこの本は間違いなくお勧めです。文章も平たく、分量もそこまで多くないので一本の映画を見るぐらいの感覚で読破できます。
この本を発見できたことよりも、テレ東bizの豊島晋作キャスターを発掘できたことの方が自分的にはうれしかったり。こういう同僚、欲しいです。