福本伸行作『二階堂地獄ゴルフ』を読みました。"地獄"と銘打っているので、『カイジ』シリーズや『アカギ』のように生死を賭けた戦いをするゴルフ漫画と思いきや、『最強伝説 黒沢』や初期短編集のような人情物のお話でした。ゴルフに詳しくなくても楽しめます
2024年8月から「モーニング」で連載されていて、現在も連載中。既刊4巻でちょうど連載から1年ぐらい経過している状態です
主人公はプロゴルファーを目指す「二階堂進」という男。26歳のときに「あと一歩でプロテストを合格する!」というチャンスを逃してから、35歳になるまでずっとプロ試験に落ち続けている夢追い人です。多くの人が3~4年で見切りをつけるプロゴルファーの夢にいつまでもこだわり続ける彼は、「さすがに夢を追いつづけすぎている」と周囲からは白い目で見られています
調べてみて初めて二階堂の名前が「進」であることを知ったのですが、この物語を読んだ人ならこれが作者による強烈な皮肉であることがわかるでしょう。プロテストにいつまでも合格しない彼の日常は、「進」という名前とは真逆の停滞の日々であるからです
曲がりなりにもゴルフ漫画なのだから(プロゴルファーの武市悦宏さんの監修もついています)物語を展開していくにはプロ試験に受かって、トーナメントにでも出場しなければならない、と考えるのが普通のスポーツ漫画的なセオリーなのですが、『二階堂地獄ゴルフ』は違います。本当に全然受かりません
プロテストに合格しないのですから、二階堂が華麗なショットを決めて周囲を驚愕させるなんているスカッとした展開はまずありません。試験に落ち続けて、年を重ねていく二階堂の苦難を読者はただただ見せられ続けるのです
「そんな漫画面白いの?」と言われそうな内容の漫画ですが、これが面白い。というか刺さる人にはぶっ刺さるような内容になっています
はじめ、二階堂がなぜ「おじさんたち」から好かれるのか自分はよくわかっていませんでしたが、読み進めていくとその理由がわかります。二階堂は能力の低い人間でもなければ、努力ができない人間でもありません。夢を追わずに他の人と同じような平凡な人生を送ろうとすれば、人並みの幸せを得られた人物です(むしろ普通の人より「デキる」人物だと描写されている点も多いです)。だけど、プロゴルファーの夢を諦められないためにどん底の人生を歩んでいる。年を重ねていけばいくほどこういう「不器用な生き方」への共感は高まるのだと思います
二階堂はプロゴルファーの夢に一途にこだわり続けるのですが、それを見る周囲の人々の視線もリアルです。「諦めたほうがよい」と皆思っているのですが、真剣にゴルフに取り組んでいる二階堂本人に対してそんなことは言えない。二階堂自身もみんなの本音は感じとっており、居心地の悪さを覚えているのですが、夢を諦めることはしない。絶対に諦めさせたい周囲と絶対に諦めたくない二階堂の駆け引きが笑いを誘います
物語の途中で「架純」という売れないアイドルを続けている女の子が出てくるのですが、この子と二階堂のエピソードはとても心に残ります。福本伸行さんの漫画はお世辞にも綺麗な絵柄ではなく、特に女性に関しては「ほぼ男では?」と思ってしまうぐらい書き分けができていないのですが(失礼)、この架純ちゃん、かわいくなってきます。エピソードを重ねるにつれて魅力的に見えてくるのだから不思議です。架純ちゃん関連のエピソードはオチも秀逸で、『二階堂地獄ゴルフ』という漫画をどのような方向性で進めたいのかの作者の強いこだわりをかんじました
ちょうど4巻あたりでびっくりするような「物語の展開」があります。人生、何があるかわからない……ということでしょうか。色々伏線は張られていたので始めからこうする予定だったのでしょうが、いったい二階堂を主人公とするこの物語はどんな風に終わりを迎えるのか……。気になります