牛乳は低温殺菌法の方が風味がいいらしい……のか? 『誰も調べなかった日本文化史 ――土下座・先生・牛・全裸』

パオロ・マッツァリーノ"先生"が著された『誰も調べなかった日本文化史 ――土下座・先生・牛・全裸』という本を読みました。

主に新聞資料を基に文化史に関して書かれている本で、扱われているトピックが土下座、全裸、キラキラネームなど面白いものばかり。言い回しにややひねくれた感じが感じがあってそこは好みが分かれるところだと思いますが、俺は好きです。

ところで、この「パオロ・マッツァリーノ」というのは実在の人物なのでしょうか? 著者のブログのプロフィールには以下のように書かれていますが……

イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。

pmazzarino.blog.fc2.com

かなりでたらめです。……というより「イタリア生まれ」というところを含めすべてでたらめでしょう。日本人の学者さんがペンネームとして使っている名前だと思います。

そんな正体不明のマッツァリーノさんが書いたこの本。読んでいて面白かったのは第八章「疑惑のニオイ」という章です。

植物油でできているコーヒーフレッシュは変な風味、という話題から始まり、そもそも日本の牛乳も風味がよくない、と論が進んでいきます。

著者は日本の牛乳が"臭い"原因は、各メーカーの採用している殺菌方法にあるといいます。

現在、牛乳の殺菌方法として採用されているのは「低温長時間殺菌」「高温短時間殺菌」「超高温瞬間殺菌」のいずれかであり、国によってどの殺菌方法が使用されているのかはまちまち。

nyukyou.jp

日本では「超高温瞬間殺菌法」を採用しているメーカーが多く、この「超高温瞬間殺菌法」を使用すると、牛乳の風味が損なわれてしまうのだとか。具体的には、生乳を80度以上に熱すると加熱臭というニオイが発生してしまい、120~130度の高温で殺菌する超高温瞬間殺菌法では、否応なしにその加熱臭が出てしまうのです。

牛乳好きの俺としてはこの時点でちょっとショックでした。普段飲んでいる牛乳を臭いと思ったことがないからです。「美味しんぼ」の山岡士郎がいたら「俺が本物の牛乳を飲ませてやりますよ」と言うでしょうね。

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ちなみに、雪印が販売している「酪農牛乳」の殺菌方法を調べてみたら、「130℃ 2秒間」と書かれていました。超高温瞬間殺菌法で間違いないです。

牛乳の殺菌方法として「低温長時間殺菌」を採用するか「超高温瞬間殺菌」を採用するかは紆余曲折があったようで、日本も最初は「低温長時間殺菌」を採用していたころがあったみたいです。

しかし、牛乳の生産をコストダウンしたいというメーカー側の思惑もあり、処理に時間がかからず、保存時間も長くなる超高温の殺菌法の方を採用したのだとか。風味とコストはトレードオフの関係にあるみたいですね。

でも、牛乳って臭いかなぁ……? 小さいころからジャパンの牛乳に慣れ親しんでいた俺としては納得いきません。ネットの海を漂っていると著者の主張を裏付ける研究があることを発見。文化史的なところはもちろん書かれてはいませんが、牛乳の風味に関する言及は本に書かれていることと大体一致しています。

www.jstage.jst.go.jp

まとめると、低温殺菌の方が牛乳はさらっとした味わいになり、においも少なくなるとのこと。超高温殺菌の方が臭い≒においが強いは事実みたいです。

ただし、超高温殺菌はにおいが強くなる一方で、甘みや濃厚感が強く感じられるようにもなり、総合的な好みとしては超高温殺菌牛乳の方に軍配が上がっています。慣れ親しんだ味の方がおいしく感じられるということでしょう。(カスタードプリンを作るときには低温殺菌法を採用した牛乳を使用した方がなめらかな触感になるという面白い結果も出ています)

よかった、俺の味覚もまだまだ捨てたものじゃないな、と安心したはいいものの、やっぱり低温殺菌の牛乳が気になってしまいます。

調べてみると、「タカナシ低温殺菌牛乳」というのが国内では一番有名な低温殺菌牛乳っぽいです。近くのスーパーには残念ながらなかったけど……

www.takanashi-milk.co.jp

最後に、海外だと本当に低温殺菌牛乳が主流なんだろうか……と疑問に思って調べてみると、アメリカやイギリスなどでは大体そうみたいです。超高温殺菌されているものはロングライフミルクとして常温で売られているとか。

ただし、保存期間が短く、処理に時間がかかる低温殺菌がメーカーにとって負担になりやすいというのも事実らしいです。アメリカの乳業メーカーについて書かれている以下の記事では、なんと低温殺菌法のコスパの悪さから植物由来の代替ミルクにシフトするところが増えているとの報告が!

diamond-rm.net

ここで言う植物由来のミルクは、さすがに日本で作られているフレッシュミルクみたいなテキトーな代物ではなく(あんなのをがぶ飲みしたら死ぬ)、アーモンドミルクやソイミルクなどを想定しているようです。確かに最近よく見かけますね。オルタナティブミルク市場は今後激戦区になっていくのかもしれません。

低温殺菌の牛乳のおいしさが評価されてスーパーに売り出されるよりも先に、超うまいアーモンドミルクが登場する方が先かもしれません。もしそういう風になったら今度はアーモンドの搾り方によって風味が違ったりして、論争が起きちゃったりして……

「やれやれ、本当のアーモンドミルクを飲んだことが無いようだ。明日またここに来てください、本当のアーモンドミルクを飲ませてあげますよ」