安いを望んでいるのは誰? 『トマト缶の黒い真実』

「こんなふうに畑で子どもを働かせるなんて、本当はよくないことだとわかってるさ。われわれ漢民族にとっては反道徳的だ。でもしかたがないんだ。四川省の貧しい人間にほかの選択肢はない。子どもを預けるところなどないのだから、仕事に連れてくるしかないんだ」

新疆ウイグル自治区のトマト畑で働かされている四川省からの出稼ぎ労働者、ウイグル人労働者たちの描写から『トマト缶の黒い真実』は始まります。トマトの収穫に駆り出される人々は大人だけではありません。子供が当たり前のように働いており、中には10歳に満たない子供もいます。

『トマト缶の黒い真実』はフランスのジャーナリスト、ジャン=バティスト=マレ氏によって執筆された安いトマト缶の流通をめぐる一連の取材をまとめたノンフィクションです。この本は2018年にフランスの権威ある賞「アルベール・ロンドル賞」を受賞し、各界に衝撃を与えました。

……なんか大それた書き方をしてしまいました。俺が言いたいのはこの本は面白い本だったよってことです。

筆者の綿密な取材に基づいて書かれた本で、中国、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカと世界中を飛び回って書かれている本です。「自分の目で見たものしか信用しない」という確固たるジャーナリズム精神が貫かれています。

この本の一番いいところはジャーナリストであるジャン氏の意見がほとんど出てこない点にあると思います。トマト缶の流通の謎を追うごとに生産者、加工業者、卸業者のそれぞれの暗い一面があぶりだされていくわけですが、敵意をむき出しにして非難するのではなく、あくまで取材して判明した事実を淡々と描写しています。

例えば、冒頭の中国で違法に働かされている低賃金労働者の描写を見てしまうと、「中国許せん!」となってしまいがちなのですが、ジャン氏はただ中国を非難するのではなく、中国がそのような戦略をとらざるを得なかった/そのような戦略をとることが許されてしまった原因がどこにあるのかを突き止めようとします。

それは最終加工国しか表記しなくてもよいEUの法律であるかもしれないし、その法律の制定に大きく寄与したアグロマフィアと呼ばれるマフィアのせいであるかもしれません。本書では直接的にその原因について述べられている個所はありません。

ただし、これは個人的な見解なのですが、最終的に行き着く原因は「安いのにおいしくて安全」という無理難題を企業に要求する消費者の態度にあるのではないでしょうか。もちろん、俺たち消費者だってそれが無理であることはわかっているのだから、スーパーの安い商品を見たときに「こんなに安いのはおかしい」と思います。しかし、その安さの裏にあるものは見ようとしないのです。知らなければ無罪ですから。

その意味においてグローバリズムは都合の悪い事実を隠す格好の隠れ蓑です。「海外の安い労働力」という言葉を使えば聞こえは悪くないですが、結局のところ、低賃金で働かされているのは海を越えた先にいる同じ人間です。国という情報の防壁を利用することによって、何の代償もなしに先進国の豊かになっているかのような魔術的な状況が作り出されるのです。

本書の最後には、これまでEUの国々を通じて搾取が行われていたアフリカに中国が直接進出しようとしている描写が見られます。中国は自分たちがアメリカ、EUにやられたことをそのままアフリカの国々に対して行おうとしているのです。いじめられっ子がいじめっ子になる現象の典型ですね。きっとアフリカも成長すれば、新しいターゲットを見つけてそこから搾取を行っていくのでしょう……。

いつになくまじめなものとなってしまいました。

本書で唯一笑ったのは以下の記述でしょうか

現在、大匙二杯以上ならトマトペーストが「野菜」と認められていることから、ピザはアメリカの給食で「野菜」に分類されている

この基準だと、マクドナルドのハンバーガーもギリ野菜として認定されそうですが、それでいいのかアメリカ!?